青空の向こう側

 

家の中を見渡して、僕らが子供の頃に無かったものがたくさんある。 

パソコン、コードレス電話、ファックス、携帯電話、カラーテレビ、
あげれば家の中にあるもののほとんどがそうだ。 

けど子供の頃、
僕らはそれらが無くったって一度だって不自由だと思ったことは無かったし、
自分の環境を嘆いたことも無かった。 

だが今はどうだ?
携帯電話を忘れただけですごく不安になってしまったり、
パソコンを前にして停電にでもなれば、顔までが青ざめてしまう。  

では逆に、あの頃にあって今に無いものはいったい何があるだろう?
回転式のレコード盤、そろばん、体罰を与えた教師、 

それから……
自分達がもっともっと豊かになる、
もっともっと未来はこうなっていくだろうと信じて疑わなかった熱い思い?……。 

でも僕らはそんな熱い思いの中で時代を生きてきた筈だ。 

 僕らは今、どんな自分自身の未来を信じて生きているのだろう?
いつか携帯電話が縮小され、頭の中で誰かの名前を呼べば、すぐに話が出来るようになる事?
重力を無視した車が空を行き交う事?
映画の様に犯罪を予知して、事件が起きる前に犯罪者となる者を検挙する事? 

そうじゃないと思う。
今度はきっとあの頃のような熱い思いを、決して疑わない希望だけを信じていくのに違いない。 

 この物語は、そんなノスタルジックな事を思いながら書き始めた。 

三十年前の僕にもう一度会えるような気がして。 

水上 竜士 

  


 

<Story> 

小さな音楽プロダクションを経営する川島は、何年か前まではそこそこ売れてた演歌歌手。
若い頃に妻と離別し、幼い娘、ユキを男手ひとつで育ててきた。 

そんな娘も今は19歳を迎えていた。
車の免許を取りたいとか、大学のサークルがどうだとか、ごくごく普通の女の子だ。 

だが、歌一筋で生きてきた川島は、最近どこか娘とのすれ違いを感じてしまう。
今朝も娘と口論になりながら、いつものように仕方なく折れてしまうと、慌しく出て行く娘を送り出す。 

 さて、そんな川島の生活といえば、まずは歌よりも生きることが先決だ。
今日もアルバイト探しに精を出す。
だが、アルバイトを探すとはいえ四十歳を越えた川島をまともに雇ってくれるところなど何処にもない。
ましてや歌うことしかなかった川島に、出来る職業というのも限られていた。 

川島が今日も職安でぶらぶらしていると、何となくそこにいた異国人たちが気になり出した。
川島は閃(ひらめ)いた。
そして彼らに声を掛け、酒に誘い、挙句にはカラオケにまで連れてって彼らの歌を聞いてみた。
川島の直感に狂いはなかった。 

彼らの歌は、川島を魅了し、そして希望を持たせた。
こいつらとならもう一度、復活できる。
演歌が売れないなら、彼らをメジャーにして当ててやる!  

そんな中、一人の青年が歌手になりたいと川島のもとに訪ねてくる。 

川島は青年のひたむきささに打たれ、異国人たちの中に青年を加えてデビューさせようと考える。
一年もレッスンして磨けば、プロとして作り上げる自信はあった。 

だが、そんな思いもつかの間、川島はその青年の理解できない過去に気付き始める。  

そして、彼のことを知れば知るほど、自分自身の境遇も彼と同じなのではないかと疑い始める。
青年が言う。
自分には時々記憶の途切れた時間があるのだと。
そしてその記憶の点と点を結ぶ為にいまここにいるのだと。 

……“記憶の途切れた世界”。
実は川島も青年も、現世を彷徨っている旅人、つまりこの世に生きている人間ではなかったのだ。 

青年は数ヶ月も前から仮死状態となって病院のベッドで眠り続け、
川島は数週間前、事故でこの世を去ってしまったのであった。  

そんな川島を天国に導こうと近づいてきていたのが、実は天使である異国人たちであったのだ。
彼らはどうにか川島を天国に連れていこうと必死になっていたのだ。 

騙し騙しにでも天国へ導こうとしていた彼らは、
いつしかこの父娘に情が移り始め、娘の為に川島を見逃そうとまで考えだす。 

そんなドタバタの中で、自分がすでに死んでいることを悟った川島は、
このままこの世にいれば、娘まで自分のいる“死の世界”に引きずり込んでしまうのだ、と
自らこの世を去る悲しい決断を下す。 

父の死をどこかで認めざるをえなくなる娘と、
娘の為に何をすべきかに逡巡(しゅんじゅん)する父親が、お互いの思いに苦悩する。 

そんな中、現世と死の世界を彷徨う青年は、
彼ら父娘の希望を受け継ぎ、天使たちの力をかりて再び現世へと帰っていく。 

愛とは? 死とは? そして生きるとは?
……現代を必死に生きる人々に語りかける魂を揺さぶる渾身の物語。